竹工芸の展覧会 2012.08.12

  "竹は偉いのう。 
   昔の人は偉いのう。
   そう思い続けて八十年。
   竹に学び、竹を敬い、竹と生きて、竹と遊ぶ。” 
 (廣島一夫氏のことば)

     


 滋賀県近江八幡市で開催されている竹の道具展「現代の名工 廣島一夫の手仕事」 に行ってきました。(8月1日〜12日 ボーダレス・アートミュージアムNO-MA)
 近江八幡市は母の実家。子どもの頃は、毎年夏になると遊びに行っていて、とても思い出深いところです。

 早朝に出発して、木曽の竹工芸作家の飯島夫妻と合流。 町屋をミュージアムとして色々な企画をされているNO−MA。 写真OK、一部を除いて触れてもOKという企画です。1階の展示会場には、美しい形の様々な籠が展示されていました。私にとっては、見たことのない、何に使うのだろうという作品も多くありました。

     

 同行した信州木工会のメンバーたちと共にまずは、2階で若手職人の井上克彦さんの実演を拝見しました。 
手を動かしながら、素材のこと、道具の使い方、廣島さんのことなど、丁寧に情熱的にお話をして下さいました。青い竹が、どんどん細いひごとなり、手が素早く動いて籠になってゆきます!「指に目がついている」感覚で仕事をされていらっしゃるのだとか。 
 
 ざるを編む工程を見せて頂きました。
水切りを良くするためにひごの両端の角を落として、かまぼこ状にすることで、水はけが良くなるのだそうです。納得!
真円にしていくためにはイメージが重要でその辺の加減が微妙で、丸物が難しい点だそうです。
 若い方たちの作品もたくさん並んでいて、現代の暮らしの中でどの様に楽しく使ってゆくか、それぞれの工夫が見られました。

 再び、1階の展示室に戻り、ゆっくりと作品を拝見致しました。時折、井上さんが丁寧に説明をしてくださいます。彼の言葉の端々から竹工芸への熱い想い・廣島さんを心から尊敬するお気持が伝わってきます。
 今回展示されている作品は、スミソニアン美術館の要請で新たに作られたものですので、実際に使われているものではありません。(日本での展示も含めて100種200個を制作されたそうです。)
 

     
 




 こちらの籠は、「?」でしたが、使い道は、椎茸を乾燥させる道具。大きいです! そして下の筒状のところには炭を入れて使ったそうです。なるほど、肉厚の冬茹椎茸の産地ですね。









わたしが最も心ひかれたのが右の写真のざるです。茶通しと呼ばれるお茶をふるうのに使われるそうです。四つ目編みが整然と編まれていますが、周りの目や縁との取り合わせが美しく、凛としたざる(?)で、こちらも背筋が伸びる思いがいたしました。



 
 
 廣島氏は、ずっと使い続けられてきた形に使い手の声を取り入れながら、さらに使いやすく工夫して、オリジナルな形の物を作り続けて来られました。

 右の写真は、「うなぎぽっぽ」という川に仕掛けてうなぎを取る道具だそうですが、入ったウナギが出られずに、そして傷つけずにとの独特の工夫がされています。


 今回の展示で、ご飯やいりこ等を入れるという蓋つきの籠を初めて見ました。 暑い地方ならではですね。私が子どもの頃、東京では、夏はおひつにざるをかぶせてありました… その籠は、形も編み目も本当に美しく、このようなものを日常使っていた暮らしのなんと豊かなこと!!と思わずにはいられませんでした。 これこそ、『用の美』



「使う人の心と心を通わせるものを作るのが職人」として、97歳の人生を歩んで来られました。私が印象に残ったのは、常に使い手と共にあったということです。以前に曲木職人の村地氏のお話を伺いましたが、木曽という産地では、漆製品を取りまとめる頭取の様な存在があってこそ発展して行ったので、、あくまで木地師として仕事をし、直接使い手と結びつくことは難しかった様です。分業ではなく、人々の暮らしのなかで、材料の供給からすべてをこなすことで受け継がれてきた一つの物づくりのかたちについて、色々と考えさせられました。

廣島さんの言葉がとても心に残りました。

     




今回の展覧会を拝見して、ずっと疑問に思ってきたことが一つ解決しました。
もう20年近く前、どこかの骨董屋さんの店先に置かれていた籠。何となく心惹かれて求め、おとしを入れて、花器として使っていました。底に竹筒がついていて(現在、片方はとれてしまいましたが)用途が分からなかったのです。どうやら蓋なしの飯籠か洗った食器などを入れるのに使った「しょうけ」を呼ばれる籠の様です。
 
         長年の疑問が解決して、すっきりしたと同時にあらためて、愛着を感じています…