こころもよう no5  2010.09月


 木地師 村地忠太郎氏との出会い 

 9月のはじめ、松本で行われた「木の匠たち」展に木曽の木地師村地忠太郎氏がお見えになりました。展覧会に参加していた竹工芸の飯島さんが注文された胴張型のお重の仕上がりを見るためと、若い人たち(?)の仕事も観てみたいということでお嬢さんとお孫さんの三世代で木曽からいらして下さいました。
 村地さんは、現在93歳。へぎ板で曲げ物や箱ものを作る木地師として長年活躍され、今も尚、現役で活躍されています。檜やさわらの材を鉈と堅木の包丁のようなもので、割ったへぎ目をいかして、主に器を作ってこられました。鉋で均一に仕上げた木地と異なり、「へぎ」という技法のテクスチャーは木目に沿って波の様な表情があり、部分的に鉋をかけたところと相まって、なんとも魅力的です。現在お使いになられている材料は、30年ほど前に購入した樹齢300年以上の木曽檜だそうですが、良い材料でないと美しくへぐことができず、現在ではもうその様な材料を手に入れることは難しくなっているそうです。


 木曽漆器というと現在は春慶塗りが有名です。春慶塗りは、室町時代に境の漆工春慶が考案したといわれ、全国に広まったそうで、地方によって微妙に異なるそうです。黄春慶とともに紅春慶という赤い色に仕上がるものとがあります。昔は木目が透けて見えるくらいに薄く漆を塗っていたのですが、現在の春慶は厚く漆が重ねられ、木目が見えません。私はこれがどうしても好きになれません。
 


村地さんによると昔の春慶と現在の春慶では、塗り方が異なり、昔のものは、へぎ板の木目を生かして塗られてしまうので、美しい木目を生かしたいと、村地氏はずっと思ってこられたそうです。ひとつの作品を木地から漆仕上げまで一貫して一人で行う作家とはスタンスが異なります。産地では、分業が基本で仕事が成り立っています。

 

村地さんから木地を預かった漆工芸家の酒井邦芳氏は、村地さんの期待に沿う仕事をと、村地さんの元を訪ねて教えを請い、昔の黄春慶を復活させました。梔子で黄色く着色し、透き漆(すきうるし:《生漆を天日や熱[40℃程度]を与えながら攪拌して、精製した漆》=素ぐろめ)で自然の木目が漆を透かして美しく見えるように塗って行ったそうです。時間がたって、漆がもう少し透けてくると(漆は空気中の酸素と触れることで透明感を増してゆきます。)もっと木目が美しく見えてゆくのでしょう。


 村地さんは、昨年の春に松本で初めての個展を開催されました。私の彫金の師が70歳代で、初めての個展を開催された日のことを思い出しました。銀座の和光ホールに並んだ作品の数々を今でもわすれることはできません。
 松本の会場の15人の作品を丁寧にゆっくりとご覧になり、谷の展示もご覧いただきました。谷の釿(ちょうな)で仕上げた拭き漆の欅の膳をとても気にいって下さり、いとおしむように手でなでながら、「木目がうつくしいですねぇ。」と、ひとこと。谷の作品は、木目が透けて見えるように拭き漆で仕上げています。
 
村地さんの新しいものへの探求心は旺盛で、また、私ども様な氏からすると若輩の者に対しても丁寧に接して下さり、こちらが恐縮してしまいました。凛とした気品のあるお人柄にすっかりファンになってしまいました。
  木曽の氏の元を訪ねてお話を伺うのを楽しみにしています…

 
※大分前の記事となります。11月に村地さんの工房をお尋ねいたしました。工房のページに近いうちにその模様を掲載する予定です。
   12月21日 記す。