こころもよう no.9  2011.9月


 花を生ける 

 
 花に関心を持つようになったのは、いつの頃でしょうか? 東京で暮らしていた頃はたくさんの刺激に囲まれていて、両親が丹精した季節の花が庭に咲いても、ほとんど目を留めることもありませんでした。 北国信州、それも標高1000mに近い地に住むようになって、冬になると25年ほど前には、氷点下20度近くにまで下がり、それこそ地上の草花は、全く姿を消してしまい、一面の枯れ野原となりました。そんな中で、春の緑の芽吹きは愛おしく、自然の営みを身近に感じて暮らすうちに、すっかり草花と虜となりました。
 

 免許をとってからは、軽井沢にお花の稽古に通うようになりました。離山房というカフェのオーナーの槙野先生は、小原流の生け花を教えて下さいましたが、野の花がことのほかお好きで、カメラマンのご主人と全国を回って、その地に咲く野の花を生けて写真を撮り、本も何冊もお出しになりました。初夏から秋にかけてのお稽古は、自宅や近所の野の花を持ち寄って、様式に捉われない花生けを楽しむことが出来ました。「花は野にあるように」(利休) 切り取った花を野にあった様に生けるのではなく、人の手を加えることで野にある雰囲気を感じさせる生け方を教えて下さいました。先生のひと手が入ると、本当に花が生き生きとしたものです。



 展覧会では、出来るだけ庭の花を会場に生ける様にしています。いわゆる園芸種は、どうもしっくりきません。木という素材は、それだけでほっとさせてくれますが、花が少し置かれるだけで、会場がとたんに生き生きとしてくるのは、不思議です。

 







 先日、友人故村上富朗氏の椅子100脚展が東御市の文化会館の劇場エントラスホールで開かれましたが、その時は、朝4時に起きて庭の花を取り、久しぶりにたくさんの花を生けました。前日には、実行委員の方々からの花の持ち込みもあり、私の人生であのような広くてあらたまった場で、たくさんの花材を使い、10杯以上の花を生けたのは、最初で最後の経験です。籠を主にして生けましたが、葉や枝をもう少し整理する時間が欲しかったと思いました。好きで集めた籠が役に立ちました。 


 一日だけの展覧会でしたので、午後4時には、すべての花を片づけながら、もう少し生かしてあげたかったなぁと思っていたところ、名古屋のギャラリーの方が明日から籠展をしますということで、ほとんどのお花をそのまま、持って行って下さいました。その方は、お花屋さんが生けたものだと思い、都会でこれだけの野の花をいけたら、大変なことですねと。たくさんの方々の想いで、費用をかけずにお花が集まりました。
 
 
 



 草月流の創始者・勅使河原蒼風の著書「花伝書」からは、花を生けるということを通して、生きるということを教えられます。私が大切にしている一冊です。
「花との出会いは偶然のようで、偶然ではない。偶然が必然になる。いけばなの世界は出会いの世界なのだ。 …… 花はふたたび同じものがめぐってこないということ。人間もふたたび同じ状態では花に逢えないということ。その無情の中にどうしても結ばれなければならないものがあるということが、いけばななのではないだろうか。」 今という時代に読み返すと、改めて考えさせられることが多いですね。

 
 私の好きな花人川瀬敏郎氏の「一瞬の生を掬い取ることが生けること」は、まさに花を生けたその瞬間にすべてが凝縮されるということでしょう。氏の生けた花からは、見る者にその厳しさ、凝縮した想いが伝わってきます。生けられた花のひとつひとつがこの組み合わせ、この形、この花器、この空間でしかありえないのではと思えるくらいに完璧で、凛とした佇まいで、見ていると背筋がピンと伸び、身の引き締まる思いがいたします。
    
 川瀬氏が一日一花をテーマに毎日更新される野の花のHPがあります。
    http://www.shinchosha.co.jp/tonbo/blog/kawase/